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※EDネタバレにつき原作寄生獣読破済み前提。気持ちだけはシンミギ。

寄生命

どうやら、きみは今、寂しい、と感じているらしい。たった一人でいるのではなく、恋人に寄り掛かられながら、柔らかなソファに腰を沈ませているのにも関わらず、だ。
相変わらずきみたちは不思議だ。日本語を一日でマスターする高度な学習能力を備えたこのわたしでさえ、未だに理解出来ないことの方が多いのだから、その精神構造は複雑怪奇を極めていると言ってよい。
その複雑怪奇の秘密は、非合理性にある。
合理的であるということは、単純明快であるということだ。自分の命を守るために他者を食らう、これがわたしの知り得る限り最も合理的な思考回路だ。
しかし、きみたちは違う。赤の他人の命を守るために自分を犠牲にする。
少しでも自身の生存の確率を信じていた場合に、助ける対象がいかにも金銭──人間社会において生存に必要な物──を蓄えていそうな服装の人間ならば、助けた礼にと金銭を得られる可能性があり、魅力的な異性ならば、つがいになれる可能性があるから、その場合は合理的な行動と言える。冷静に考えてみれば助かる確率が0に近いと分かる場合でさえ、「英雄になることで異性にもてる」といった効果を無意識に期待して、そうした行動をとる人間は少なくない。
しかし、きみはそうではなかった。
同種ですらない、猫や犬を助ける。きみのテリトリーを侵した虫を殺さず外に放り出す。
襲い掛かってくる相手を、殺せる力があるのに殺さず、無抵抗のまま一方的に暴力を振るわれる。
何故かと問えば「可哀想だろ」または「人間は動物とは違うから」……。
非合理の極致だ。
きみたちの非合理性には今でさえ驚かされる。
別に貶しているわけじゃないさ。むしろ賞賛している。
その非合理性こそがきみたちとわれわれとの決定的な差であり、おそらくきみの祖先が進化の過程において、生存に必要な要素だと信じ、ついに排除することのなかったものだ。
事実きみがこうして生き残り、恋人を守り、つがいとなることが出来たのは、無論わたしの性能も大きく関わっちゃいるが──恐らくその非合理性のおかげなのだから、その必要性は結果的に証明されているようなものだ。
「……」
きみはまだわたしを見ているようだ。きみがわたしを見ているとき、わたしもまたきみを見ている。
──深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
……きみがあまり読まなさそうな本から引用してみた。偶然にもこの一文の前に連なる文章は、きみにとって重要な意味を持つのだと思う。
すなわち「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない」……。
きみの体はわたしの寄生によって純粋な人間のものではなくなった。きみの心も、怪物(われわれ)との激しい戦いを経て、すこしわれわれにちかくなったのかもしれない。一時は本当にわれわれと同じ精神構造になるのではないかと思われたが、きみは踏み止まった。人の心など捨ててしまえば楽になるのに、涙など流れなくても何の支障も無いのに、歯を食いしばって、人間であり続けた。
ある時、犬の死骸をゴミ箱に捨てるという合理的な行動をとった後、きみは彼女に批難された。わたしには、何故きみが責められるのか分からなかった。そして彼女がその場を去った後、非合理的なことに──死骸をゴミ箱から取り出して、樹の根に埋葬した。
きみは間違いなく人間だ。何故なら寄生生物(われわれ)は埋葬という行為に意義を感じないからだ。きみの心はあの時も今も、人間らしい余裕(ひま)に満ちている。

窓から差し込む陽光が、雲にさえぎられすこし弱まる。電気の消えている室内は、柔らかい光にぼんやりと包まれる。
……それにしても、暇すぎるのも考えものだ。きみたちは暇であればあるほど、余計なことを考え始める。わざわざ同種と共にいる時に、同種ではない生物のことを思い出し、必要のない寂しさを覚える。
それも一日に最低一回は、だ。わたしのことは夢だと思って忘れろと言ったはずなんだがね。
まぁ、以前のわたしならば「くだらん」と一蹴していたに違いないが、今は非常に興味深く思えるよ。
きみはわたしを認識出来ないはずなのに、今でも時折わたしに語りかけている。
悲しいことがあった時、嬉しいことがあった時、何の意味があるのかは知らないが、きみはわたしに報告をするのだ。
その時のきみは、話しているときは懐かしそうな、話し終えると切なそうな顔をしている。
全て聞いているよ。何もアドバイスをする気はないけれど。きみはきみ個人としての人生を取り戻したのだから、わたしが何かを言う必要はない。
何も答えないでいると、きみは寂しそうだ。しかし、わたしは寂しくはない。
きみの見聞きしていることは、ある程度わたしも把握している。
きみの中で情報を集め、いつかきみに降りかかるかもしれない大いなる危機を振り払えるよう、知識を蓄えているのだ。今にも後藤を超える生命力を持つ寄生生物が現れて、きみを襲うかもしれないのだから。

きみは小さく息を吐いて、左手で支えている生命科学の本に目をうつし、わたしで捲った。
わたしが姿を消してから、なぜか、きみは以前は見向きもしなかったような「小難しい」本も読むようになった。頭をボリボリ掻きながら、「わかんねー……」などと呟いているから、きっとろくすっぽ理解はしていないのだろう。それでもきみは、文字に視線を滑らせる。
「また読書? シンイチ、最近難しい本読んでるよね。あ、もしかして私の前だからって、カッコつけてる?」
ふふ、と彼女が笑う。
「ち、ちがうって。頭のいい友達がいてさ。……今そいつ、海外行ってるんだ。いつ帰ってくるか分からねえけど、もし帰って来たら……少しでも話が合うようにと思って」
「ふーん、そっか……例の『友達』ね」
彼女が意味深な、柔らかい微笑をたたえながらきみの持つ本を見つめる。彼女はきみの言う『友達』について、何か知っているのだろうか?
きみと出会ってから作成した人物データベースに該当する人物はいなかったので、作り話かと思っていたが……わたしが知らないだけで、その友達とやらは、実在するのかもしれない。
彼女が本から、わたしへと視線を移す。何もかも見透かされているようで、わたしは少し気まずさを感じる。
「……この手は、私の命の恩人」
彼女の暖かな両手がわたしを包み込む。
「……ああ。俺の恩人でもある」
きみが頬の筋肉を弛緩させると、彼女も同様にした。相手の表情を模倣する、きみたちの習性だ。寄生生物(かれら)は人間社会に溶け込むために、わざわざ意識して相手の表情を模倣するが、きみたちのそれは無意識だ。誰かが笑っていれば何となく楽しくなる。誰かが怒っていれば段々腹が立ってくる。そんな風に、誰かの感情表現がきみの感情に強く影響を及ぼす。そうして自然と相手の真似をするようになっている。
赤ん坊ですらもそうだ。
蝿は教わりもしないのに飛び方を知っている、蜘蛛は教わりもしないのに巣の張り方を知っている。そしてきみたちは教わりもしないのに、生まれた瞬間から泣き、笑い、怒り、他人に共感することを知っている……。

さて、きみの脳はセロトニンを分泌し始めたようだ。
セロトニンは、きみたちに幸福感や癒しといった感情を与える脳内科学物質だ。
そのセロトニンが、半分眠ったわたしの元にも粉雪のように降り注ぐ。
なるほど、きみが生を謳歌するほど、わたしの世界も輝きを増すようだ。

きみの肩に寄りかかったまま、彼女は眠りに落ちる。
わたしの寄生するきみの右腕が彼女の左腕と触れ合っている。彼女の左腕は平常時の体温よりも暖かいようだ。きみたちは睡眠中、疲労回復のために体温を下げようとする。そのため入眠時には熱を放出する必要があり、結果一時的に体温が上がるのだ。眠い時に体がぽかぽかしてくるのはそういう理由さ。いつか教えたことだが、きみは覚えているだろうか。
……人間は忘れる生き物だから、きみの中のわたしに関する記憶はどんどん薄れていくだろう。きみがそれらを忘れたくないと思ったとしても、だ。
そして生物は老いる。老いればさらに記憶力は衰える。いつかきみが、わたしのことを完全に忘れる日が来るのかもしれない。でも、それでいいのだと思う。

いつの間にか太陽は、雲の陰から脱していたらしい。部屋はふたたび白い日差しに照らされた。
きみは薄目を開けて、ぼんやりとわたしを見る。そしてどこか夢心地で、ぽつぽつと呟いた。
「なあ、ミギー。聞いてるかどうかわかんねえけど……俺はお前に出会えて良かったよ。母さんや、加奈や……沢山の人を失っちまったけど……守ることも出来た……」
わたしも、きみに出会えて良かった。そして、きみの脳を奪えなくてよかった。きみがわたしにならなくてよかった。
わたしはきみではない。きみはわたしではない。しかしわたしにとってきみは尊く、きみにとってわたしは尊い。
それの、なんと素晴らしいことか!
「次は、いつ会えるんだろうなぁ……」
きみは閉じた本をそっと脇に置いて、クリーム色の天井を眺める。
そうだな、もし次に目覚める必要があるとすれば──きみの命が危機に瀕した時か。
しかし、そんな機会は訪れなくていいのだ。二度とわたしが目覚めることがないよう、祈っているよ。
わたしの蓄えた知識や、想定される危機に対抗するための作戦全てが、きみが天寿を全うするともに廃棄されたなら、こんなに素晴らしいことはない。
わたしの思考は、きみの終わりとともに、闇に葬り去られるべきだ。
もしその時が来たなら、私は真に「幸せ」だ……。
きみはいつだったか「幸せ」という概念について教えてくれた。きみは「お前らには分からねーだろうけど」と諦めきった様子で締め括っていたね。確かに、あまり細やかな人間独自の感覚となると分からない。
けれど、アメーバも、虫も、鳥も、人間も、寄生生物も、生物全てに共通する幸福が存在する。
それが何かわかるかい?
それは、生きていることだよ。きみの生はわたしの幸せなのだ。そしてその生もただの生ではない、穏やかで人間らしい幸福に満ちていなければならない。その幸福を保つものはきみ自身の努力に他ならない。

暖かな風が網戸を抜けてふわりとカーテンを揺らし、きみの頬を撫でていった。きみの体温は入眠に備えて上がり、きみの瞼はゆっくりと降りていく。
わたしも意識の中の螺旋階段を降りていった。
ドクン、ドクン、太古から続く鼓動が鳴り響いている。絶え間なく、力強く、穏やかに。決して無限には続かない、しかしきみの子孫へと受け継がれる、希望の音──。
これから子孫を残すであろう、きみもまた、子孫。きみの祖先もまた、子孫。
一体きみという存在に辿り着くまで、どれほどの命の階段が歩まれたのだろう。
きみの母のそのまた母の、母の母の……。そうして遡った先には、きみに寄生する前のわたしに似た、透明な体の小さな生き物がぽつりと一匹、存在しているのかもしれない。もしかすると、わたしときみは、もともと一つの存在だったのかもしれない。
ああなんと素晴らしいのだろう、生命とは。わたしはきみのなかで生きている。そしていつか、きみの命の足音が止まるのと同時に、わたしも生物としての天寿を全うするのだ……。
思考が取り留めもなくなっていく。きみの生命の律動は、わたしの子守唄のようだ。
わたしはきらきらと舞い散る白い光の粒子の中で、螺旋階段から仰向けに身を投げた。
再び深い眠りに落ちていく……。
「おや、すみ……ミギー……」
きみは一足先に夢の世界へと旅立った。わたしの意識も引きずられるようだったが、ほんの少し我慢する。これくらいなら構わないだろうと、久々にこっそりきみの右手の操縦権を拝借してしまうと、側にあったタオルケットに手を伸ばし、きみと彼女の膝にそっと掛けた。

おやすみ、シンイチ。
きっと、わたしは地球上で最も幸せな寄生生物に違いない。



-END-

2015.1.1